現役を引退しても解説者という別の場所で活躍している選手は何人かいます。
でも、それはほんのひと握りの人々で、願っても得られないというのが実情でしょう。
教えることが上手なコーチがいい選手かというと必ずしもそうでないように、表彰台に立ち、メダルを獲得した選手だからといって、その後素晴らしい解説者になるとは限らないのも同じ意味で納得しますよね。
そんな中、今とても注目している解説者がいます。
現役時代は「氷上の哲学者」といわれた町田樹さん。
心地いい解説
今回の平昌オリンピックは正直、北朝鮮がらみの問題もありひどく憂鬱で、煙たく、むしろ開催しないで貰いたいと願っていたほどに興味関心の持てないものでした。
それでも始まるとわかると開会式は見てしまうのですが、それも今ひとつ盛り上がりにかけ、予算も縮小していることもあって何だか地味で暗い感じもする。
代わり映えのしないオリンピックキャスターに、勉強不足で付け焼き刃な印象の拭えない素人でもいえるような解説者のコメント。
でも、たまたま変えたチャンネルで、引退してその後一度も見かけなかった町田樹選手が映っていたのでしばらく見ていたのです。
画面背後ではフィギュアスケートの映像が流れており、団体戦に挑んだ日本チームの選手についてのコメントを町田さんが解説者として語っていたのでした。
すると、どう言ったらいいのでしょう。
なんだかこのまま聞いていたいような、聞いていていいような、むしろ聞いておかなければもったいないような気分になったのです。
現役時代の町田さんというと、独特の表現力、名言、そしていつもなかなか治らないのかな?と思わせる赤い吹き出物の人というぐらいの認識ぐらいで、さほど注目というほどの注目もしていない選手でした。
ところが、現役スケーター時代から突出していた彼の言葉の卓越さ、表現力がさらに磨かれて再び登場したわけです。
やたら興奮したうるさいだけの解説やキャスターが多いなか、まずは、
静かな語り口調が耳に心地よい。
早口過ぎるわけでも、物怖じしている感じでもなく、静かに、淡々と、奏でるように語るあのリズムが何とも言えない感じ。
荒々しい声でも高すぎる声でもなく、それこそ滑るように適切な言葉が流れてくる。
うまいな。
声のボリューム、質感、話すスピードから言葉の選び方まで、すべてがこれまでの解説者とはどこか一線を画しているように感じる。
おそらく一番優れているのは、現役時代の自分の視点から遠ざかりすぎず、かといって渦中にいたときのようなヒステリックさやナーバスさはなく、きわめて中立的で穏やかな物言い、考え方が心地よいのかもしれないと分析しました。
なにより、彼は非常に言葉遣いが丁寧で、そこに無理を感じない。
人によっては「普段は言葉遣いが汚いのだろうな」「無理しているな」と思わせる人もやはりいます。でも、それがない。
本人の気持ちを代弁するときも、それがあくまでも、どこまでも自分自身の「推察」の域を出ないものであることもほのめかし、決してでしゃばったり決めつけた話し方をしないのも好感がもてる。
ありきたりな根性論や、無責任な持ち上げ方はなく、あくまでも「選手視点」で話ができる。
これは現役時代があった選手で現在解説の仕事にたずさわっている人々にはことに勉強になることでしょうね。
いたずらにメダル獲得を煽るわけでもなく、かといって選手を鼓舞する言葉を発しないということでもない。
根拠なく「大丈夫だと思います」「彼ならやれると思います」という抽象的な言葉を使うのは簡単だけれど、そんな無責任なやっつけ仕事をしない。
入念に下調べをした結果、自分が抱いた感想、予測を用いて話をススメていく感じが非常に聞いていて清々しいのですね。
選手一人一人に対して奢りもなく、敬意を払っているのが伝わってくる。
平常心の解説者
あれほど丁寧で誠実で、豊かな解説ならずっと聞いていられる。
そう思わせる解説なんですよ、町田樹さんの解説は。
荒川静香さんも声を荒げることなく、空気を読んだ解説ができる方ですが、いかんせん、そこには表現力の限界がある。
織田信成選手も感情豊かで人情的なところには面白みがあるけれども、客観的な考察にまでは少し物足りなさが残る。
最終的には「好み」の問題ですが、町田選手のように選手の立場、視点に立って饒舌に豊かな表現力を嫌味なく使える解説者というのはなかなかいないと感じます。
独りよがりで言葉使いも悪く、不勉強なくせに決めつけの言葉や応援メッセージを放つ解説者やキャスターが多いなか、久々に、本当に久々に「聞き入る」解説のできる人を見つけたという喜びがあります。
町田樹さんに解説してもらいたいという選手も増えてくるのじゃないでしょうか。
今後どんな人になっていくのか、職業を含めても未知数の方なので楽しみです。